日本ラジオ博物館

Japan Radio Museum

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ステレオ放送の始まり

-AM局2波によるステレオ放送-
1954-63


目次

ステレオ放送のはじまり

中波2チューナ式ステレオ

 ナショナル SA-32型ステレオアンプ 松下電器産業(株) 1962年頃

 ゼネラル MB201L/R型 ステレオ用5球スーパー 八欧無線(株) 1962年頃

 リード ステレオマスター SM-2H型 AM-AM-FM-SW ステレオレシーバ―キット (株)リード

FMステレオ放送のはじまり

参考文献

 本稿では、ステレオ放送の歴史に絞ってまとめている。ステレオ電蓄についてはこちらを参照のこと

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ステレオ放送のはじまり

戦前から立体音響(ステレオ)再生については研究が始まっていて、一部の映画音楽などで実用化されたものもあったが、家庭用として開発が進んだのは戦後のことである。ステレオ放送の最初は中波の放送2波を使って2チャンネルを送信する方式で、日本では1952年にNHKによる実験放送として始まり、1954年から「立体音楽堂」として定期放送となった。このころ、まだステレオレコードは発売されていなかったため、2トラックのテープにステレオ録音された音源が使われた。このNHKの立体音楽堂によってはじめてステレオ効果を体験した音楽ファンが多かった。

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中波2チューナ式ステレオ

NHKの立体音楽堂を受信するためにはラジオが2台必要だが、同じラジオを2台用意するということは現実的に不可能であった。このため当初は手持ちのラジオに、使っていない古いラジオを追加して聴くようなことが多かったが、それでもステレオ効果による感動は十分得られたという。1958年9月には日本放送と文化放送のタイアップにより民放2波を使うステレオ放送も行われた。この頃から中波のチューナを2台備えたステレオ電蓄やアンプ、ラジオが発売されるようになった。

 ナショナル SA-32型ステレオアンプ 1962年頃 松下電器産業(株)
 
 
中波ラジオを2組備えたAMステレオアンプの典型的なもの。回路は、5球スーパーを2台納めた程度のものだが、同一筐体に納めたことによるビートを防ぐためIFの周波数をずらしてある。この機種には、デザインを合わせたレコードプレーヤとスピーカが用意され、ステレオセットとして販売された。

(所蔵No.46024)

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ゼネラル MB201L/R型 ステレオ用5球スーパー 八欧無線(株) (1962年頃)

 
  (左)MB201L (右)MB201R
 

TUBES: 12BE6-12BA6-12AV6-30A5-35W4

回路的には特徴のないトランスレスの5球スーパーだが、左右対象になったL型とR型が用意されている。このセットは中波2波を用いるステレオ放送用ラジオである。L用は中波のみとなっている。キャビネット、シャーシは共通の部材で作れるように工夫されている。ステレオ電蓄やアンプには2組のAMチューナを備えたものが良く見られたが、小型ラジオのステレオは珍しい。現代の感覚ではスピーカを外側にするところだが、この配置が型番の"L", "R" に従った配置である。

L型のキャビネット後部に破損が見られる。

(所蔵No.11447/11759)

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ここで紹介したような簡単なラジオを2台並べたようなステレオでもよかったが、ステレオアンプとして中波のチューナを2台備えた本格的なレシーバー(ラジオ付きステレオアンプ)が各社から発売された。次に紹介するのはその一例である。

リード ステレオマスター SM-2H型 AM-AM-FM-SW ステレオレシーバ―キット (株)リード
 
6AR5-pp,

初期のステレオセットは、電蓄タイプの一体型もしくはセットとなったものに対して、チューナー付きアンプ(レシーバー)とスピーカ、レコードプレーヤを組み合わせるものが存在した。パイオニア、トリオなどのオーディオ専業メーカが主に販売し、新しいタイプのステレオとして、オーディオマニアの支持を受けていた。

これは、中波2波を使うステレオに対応したレシーバーである。FMも付いているが、モノラルである。マルチプレックスアダプタには対応していない。1964年4月組み立てとの記載がシャーシにある。中波を2波使うステレオ放送が終了する年であった。

当初、このようなオーディオアンプの多くがキットで販売された。リードは現在でもアルミシャーシやケースを販売している(現在の主力商品は自動車部品である)が、当時はこのようなメーカー製品と遜色ない外観のキットを発売していた。ただ、アンプがステレオになり、FM-AMのチューナーまで一体となると組み立ての難易度が高くなった。この機種も主要部分は組み立て済みだったと考えられるが、それでも品質を維持するのは困難だっただろう。多くのメーカーがキットをあきらめ、完成品のセットメーカとなるか、部品メーカとなった。リードはセットメーカにはならずに、ケースメーカとなる道を選んだ。

(所蔵No.46038)

FMステレオ放送の始まり

FM放送では、1波でステレオ放送や多重放送が可能なため、アメリカを中心に様々な方式が提案されていた。アメリカではメインの放送と別のプログラムを特定の聴取者に送る業務をSCA(Subsidiary Communication Authorization)と呼んだ。日本初の民放として実験放送を開始したFM東海(現東京FM)は、当初から多重放送の実用化を目指していた。

FM東海では、FM-FM方式(クロスビー方式)を研究していた。これは、メインチャンネルをL+R、サブチャンネルをL-Rとし、50kHzの副搬送波をFM変調する方式で、アメリカで1958年頃から実験が行われていた。日本ではFM東海の実験放送に合わせて1960年に春日無線からこの方式のマルチプレックスアダプタが市販された。しかし1961年にアメリカFCC(連邦通信委員会)により、GEとZenithが提案したパイロット・トーン方式のステレオ放送が標準方式として決定された。これによりFM東海のクロスビー方式による実験放送は終了した。

続いて1962年にはイギリスBBCもGE-Zenith方式による実験放送を開始した。日本では1963年にGE-Zenith方式を採用することが決定されたが、SCAを含まないことと、エンファシスの定数がアメリカと異なっていた。1963年12月24日からNHK-FM東京実験局からステレオ放送を開始した。FM東海が目指していたFM多重放送は実現しなかったが、同社もFMステレオの実験放送を開始した。FMステレオ放送の開始に伴い、中波2波を使うステレオ放送は1964年に終了した。

その後、1968年に電波法施行規則が改正されてステレオ放送の定義が整備された際に、ステレオ放送は「1つの局から1つの周波数の電波によって放送の受信者に放送の立体化および臨場感を与えるように行われる放送」とされた。このため、中波の2波を使うステレオ放送はできないことになった。

FMステレオ放送についてはこちら

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参考文献

(1)『FM放送受信機の作り方』 (日本放送出版協会 1958年)
(2)松前重義、谷村 功監修 『これからの放送FM』 (東海大学出版会 1962年)
(3)『ラジオ技術』 1957年4月号 (ラジオ技術社 1957年)
(4)日本オーディオ協会編 『オーディオ50年史』 (日本オーディオ協会 1986年)
(5)『電波技術協会50年のあゆみ』 (電波技術協会 2002年)

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