日本ラジオ博物館

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全波(短波)ラジオ取締の実態
-全波受信機特別探査実施要領書から-


CONTENTS

はじめに

短(全)波受信機特別探査実施要領

文書からの考察

短波受信禁止の周知 (加筆訂正)

参考文献

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はじめに

放送開始から太平洋戦争が終結するまで、日本では中波以外の放送などの受信(当時は主に短波)は禁止されていた(中波であっても放送協会以外の電波の受信は禁止されていた)。当初は電波監理上傍受や、無許可送信を禁止していたもので、アマチュア無線も許可されていたが、太平洋戦争開戦後は、アマチュア無線は禁止され(日本だけでなく、アメリカでも禁止された)、短波の受信は厳しく取り締まられた。

しかし、その取り締まりの実態は明らかではなかったが、最近、「短(全)波受信機特別探査実施要領」と題する取り締まりの具体的な方法を記した文書が発見された(写真1)。B4判の用紙10枚半にタイプ打ちされ、ガリ版刷りで印刷された文書で、右上にクリップで止められた跡がある。本来、丸秘等の印が押された表紙があったのではないかと思わるが、失われている。本文に年号の記載はないが、無線通信機器取締規則が掲載されていることから1940(昭和15)年以降のものであることは間違いない。

逓信省は1942年に大規模な探査、取り締まりを実施し、9月始めの新聞各紙にて短波受信の厳罰化に関する記事が掲載された(2)。短波の取締強化には、前年10月に摘発されたゾルゲ事件の影響も大きかっただろう。翌1943年3月に逓信省はより厳しい内容の短波受信機の所持、使用に対して厳罰で臨むという報道各社向けの記者発表を行った。そして3月5日の主要紙(3)(4)および専門誌(5)上に短波の取締強化に対する記事が掲載された。この文書は、1942(昭和17)年か、1943(昭和18)年のどちらかの探査のものと推定できる。受信機の探査は逓信局の情報と警察力を使った地道な捜査が全国で行われたが、同時期に電波監視施設を使った不法送信設備の探査も実施された(1)。こちらは設備の限界から京浜地区など主要地域に実施したのみであった(1)。


(写真1) 短(全)波受信機特別探査実施要領 1ページ目

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短(全)波受信機特別探査実施要領

原文はカタカナ、旧字を使い、句読点がないが、カタカナをひらがなに、旧字を常用漢字に、法令の条文を除き漢数字を算用数字に置き換え、句読点を追加した。
また、原文は縦書きであるため「左記」、「右記」と表記されている。この部分はそのまま採録したので、それぞれ「下記」、「上記」に読み替えられたい。

最初に紹介するのは全体像を示した要領書である。

短(全)波受信機特別探査実施要領
一、目的
長期戦移行に伴う外国の悪宣伝に依る流言飛語の根源を排除する為、外国放送の不法聴取者を徹底的に探査摘発すると共に、短(全)波受信機の取締を厳重敢行するものとす。

二、主務官庁 逓信省

三、実施期間 六月中とす

四、実施地域
全国とし、特に主要都市及び海外よりの帰国者居住地区を重視するものとす。

五、実施要領

1 道、府、県毎に逓信、内務、司法、憲兵の関係機関密に共同して実施するものとす。

2 実施地域所轄逓信局は予め警察官及び憲兵等に対し短(全)波受信機等規格外受信機及び不法施設諸元を講習し、基礎知識の涵養に務るものとす。

3 実地探査は左(注:原文は縦書きである)の方法によるものとす。

 (イ)実施地域内の警察官又は憲兵に依り所轄地区内に於ける規格外受信機の届け出を知悉すると共に「ラジオ」商に就き短(全)波受信機所持容疑者を調査するものとす。

 (ロ)税関及び逓信局に於いて通関したる短(全)波受信機(機器取締規則制定前のものを含む)所持容疑者に就き調査するものとす。

 (ハ)右方法に依り「短(全)波受信機所持容疑者リスト」を作成し、逓信省に於ける改装等処理の済否を照合するものとす。

 (二)前号「リスト」に依り容疑者の個別調査を行う外、官公署、貿易業者、電気関係商社及び工場、中等以上の学校、技術者、富豪、「バー」、外人其の他防諜上要監視人物等短(全)波受信機所持の容疑濃厚なるものに就き実地調査を行うものとす。

 (ホ)実地調査は関係機関協議の上、重点を定め可成一斉臨検の方法を採るものとす。

 (へ)別紙調書の官庁用受信機に就いては、一応之を除外するものとす(調書は別途送付す)
   注:調書は添付されていないので内容は不明である。

4 規格外受信機の措置

 (イ)規格外受信機にして所持者悪意なしと認められるものは、速やかに之を改装せしめ正規の許可を申請せしむ。

 (ロ)悪質と認められる不法施設者に対しては無線電信法第16条に基づき告発し、受信機は一時逓信局に仮領置す。

5 事後の周知方法
前記調査終了後取締規則の不知に依る善意の不法施設者、所持者を根絶する為、他の方法を採るものとす。

 (イ)電波に依る謀略宣伝の恐る可きを周知せしむる為、興味ある記事を新聞に掲載し之が取締法規の徹底を図ること。

 (ロ)「ラジオ」、隣組回覧板等を利用し短(全)波受信機施設の不法なることを周知せしめ所持者に自発的届出を促すこと。

6 短(全)波受信機合法施設者に対する措置

各官庁受信機(自宅聴取のものを含む)責任者及び官庁、学校に於ける業務用実験施設に対し機器取扱に関し厳重なる警告を発し、或は取扱状況等を調査し、遺漏あるものは逓信局に於いて適当なる措置を講ずるものとす。

(注)「自宅聴取のもの」とあるのは、当時逓信大臣や電波に関係する高級官僚が没収した全波受信機を「監督用」として私宅に設置していた事例を指すと思われる(8)。

六、本調査に要する経費は実施各機関の負担とす

もう一つ似た内容の文書があるが、こちらは広島逓信局が作成したと思われる、より具体的なマニュアルである。重複する部分もあるが引用する。

短波、全波受信機不法施設特別探査
実地探査は長期戦移行に伴う外国の悪宣伝に依る流言飛語を排除する為、外国放送の不法聴取者を徹底的に探査摘発すると共に、短波全波波受信機の取締を厳重励行するを以て目的とす。

イ、取締機関は各管轄区域内の一斉検査を原則とするも、特に重点を選定し、之に対しては徹底的探査を行うこと。

ロ、各機関はラジオ商等に就き規定外受信機所持容疑者を調査するの外聞込み、外国よりの帰国者或は船員、又は海外渡航者の親類縁故等の名簿を20日迄に作成し、逓信局より送付せる名簿と対照の上、容疑者の戸別調査を行うこと。

ハ、右の外、官公署、貿易商、電気関係商社工場並従業員、ラジオ商(ブローカーを含む)、中等以上の学校、技術者、富豪、バー、外人と密接なる関係にあるもの、其の他防諜上要監視人等受信機所持の容疑濃厚なる者に対し重点を置き実地調査を行うこと。

二、右に依り受信機所有者を発見せる場合は逓信局より送付の名簿と対照し記載なき場合は之が届け出を慫慂(しょうよう:誘いかけ勧めること)すると共に改装の済否を併面(ヲ)に依り一括通報すること。此の場合、未改装の受信機なる時は改装方併せて慫慂すること。

ホ、規定外受信機を中波放送受信機として使用中なることを発見せる時は改装済なるや否や検査し(改装済なる場合は通常広島逓信局員の「改装済検査票」又は改装施工ラジオ商の「改装証明書」を受信機に貼付しおるか、当局送付の改装受信機名簿に登記しあり)、未改装なる場合は不法施設として措置すること。

へ、(ホ)の場合、改装済なるや否や判明せざる者は一時封印(適宜の方法により使用し得ざるよう処置すること)の上、厳重保管せしめることとし、警察署並び憲兵側は直ちに県庁へ報告すること。

ト、不法施設者を発見せる時は受信機を一応時取締庁に押収すると共に直ちに逓信局出張員に連絡し、逓信局出張員は取締庁と協議し左の如く措置すること。逓信局員に連絡の暇なき時はラジオ検査員に通報すること。
  1.悪意なしと認めらるるものは速かに之を改装せしめ、正規の許可を申請せしむ。
  2.悪質と認めらるる不法施設者に(対)しては、無線電信法第十六条に基き告発することとし、受信機は一時逓信局に仮領置す。

以下1行ペンで書き込み
(トは六月二十六日より原則として全部チ一号電のこととせり)

チ、前号の場合、偵諜上其の他特に其の必要ありと認むる時は、探査着午前関係機関に通報すること。

り、無届ラジオ業者(ブローカーを含む)は不法施設の温床となる處あり、且無線通信機器取締規則違反なるに付、之が摘発に務ること、但業者に対する処罰に関しては、全国的統一の要あるに付、該当者発見の場合は始末書を徴する外、身元素行調等と共(ヲ)に依り通報すること。

ヌ、中波放送受信機不法施設を発見せる場合、悪意なしと認めたるものは出願の慫慂し、施設期間長期に亘るもの又は悪質と認めらるるものは直ちに逓信局出張員その暇なき時はラジオ検査員に連絡すること。

ル、取締期間は普通郵便局区内に於ては同局検査員と密接なる連絡を保ち、探査の実績を上ぐること。

ヲ、実施期間内の成績は警察署は県庁へ、憲兵側は憲兵分隊へ通報し、県庁並憲兵分隊は別紙様式に依り7月10日迄に逓信局へ報告のこと。

ワ、本件取締は関係者外に秘すること。
短波、全波受信機不法施設特別探査成績通報に関する件
―探査結果報告の様式 略

注)別紙法令抜粋は以下の通り

―無線電信法(抜粋) 略

―放送用私設無線電話規則抜粋 略

―無線通信機器取締規則 略

最後に、別紙として短波受信機摘発に必要な知識をまとめた紙が付けられている。実施要領五の2に記載された「短(全)波受信機等規格外受信機及び不法施設諸元を講習」するための資料であろう。

1. 電波
速度1秒間に3億米(光の速度に同じ)
周波数と波長の関係 波長(米)=速度(米)/周波数(サイクル)
2. 電波の区別
長波 100(キロサイクル)以下 3,000米以上
中波 100~1,500(キロサイクル) 3,000~200米
短波 1,500~30,000(キロサイクル) 200~10米
超短波 30,000(キロサイクル)以上 10米以下
国内で許可されている電波の範囲は550~1500(キロサイクル)、波長にすれば(545~200)米の範囲でこれ以外のものは特別の許可がないと受けることが出来ない。
波長はメートル(Meter)で、mまたはMで示す。
周波数はキロサイクル(Kilocycle)でkcで示し、短波などは1000kcを1メガサイクル(Megacycle) MCで示す。
3. 短波
(特性)短波は図の如く直線的に進む地上波は減衰するが、空間波は上空に反射され地上に帰来し、更に反射を繰返して進む故に遠距離に到達することが出来る。又夜間は空中状態が良くなるので通信能率が増加する(図1)。
電力も10ワット程度の小型送信機にて遠距離(外地)と交信可能なり。
送信機に使用さるる真空管(UX45 UY45 UZ58 UT59 510B 6L6)
(注:UY-45はUX-45の傍熱管で日本独自のもの、510Bは東京電気の小型送信管)
  (図1) 電波伝搬の説明図
(空中線)受信用のものは中波のものと合一にも可なり。
送信用のものは次の方が能率が良いので多く使用されている。
(各引き込み線が2本であることに注意すること)(図2)
  (図2) アンテナの種類と名称
(受信機)金属箱にてシールドされている。
中波の受信機と相違するのはコイルと捲線が太く短いことである。
4. 全波受信機(オールウェーブ受信機)
◎普通の受信機との見分け方

(イ)外部より見分ける法
1. 表面に其の種類又は性能を表していることあり

2. 前面の目盛板に二重三重に受信可能周波数又は波長を表示している(図3)。

3. ダイヤルに周波数又は波長の代りに国名又は放送局名(呼出符号)を表す。

4. ダイヤル回転に大きく進むものと小きざみに進むものとを組合せている(ツマミ)に依る。

5. 以上の外表面に波長切替スイッチあり。
  このスイッチは正面右端又は中央の同調ダイヤルの上段又は下段にあるもの多し。回転すればカチカチと 二回乃至四回位音がする。
  四回音がすれば五段に受信する周波数の範囲が切替えられるのである。
  また、回転した際、今如何なる範囲のものに切替えられているか表示する装置がしてある目盛も各範囲別のものが記録してある。
  中波放送を聞きつつこのスイッチを切替えると別の放送が聞こえる様になる。
  このスイッチは全波受信機以外のものには用いないものです。
  このスイッチのことを普通次の如く記載している。
  Wave (又はFrequency) Change Switch
  Range (又はBand) Selector
  Bands (又はWave, Frequency) Switch
 
  (図3) 全波受信機のダイヤル例
(ロ)内部より見分ける方法
1. 受信機の名称、型式番号及性能等其の内部に表示してある。
2. コイル(捲線)に依って見る。捲線太く短く捲数が少ないのが短波で中波はその反対である。
3. 使用する真空管は普通のスーパーヘテロダイン式に使われるものと同様である
  (2A7, 6A7, 57, 47B, 80, 12F 等)
(ハ)試験発信器に依る見分け方
   種々の周波数の電波を発信さして受信機に受けてその受信可能な周波数範囲を調べる。

(二)改装方法
   中波以外のコイル及受信周波数切替スイッチを除去すれば普通の受信機となる。

(ホ)封印の仕方
   整流管(80, 12F, 12B 等)及其の他の真空管1個を除き、其の差込穴の上へ封印紙を貼る。
   裏板のあるものは前記抜取たる真空管及電源コードを箱(注:キャビネットの事)に収め裏板と箱とに封印紙を貼る。
(へ)全波受信機の名称(広島逓信局管内のもの)
 Acox G.E.(General Electric)  Silvertone 
Admiral   Gilfillan  Standard Broadcast
 AtwaterKent  Marconi  Stuwart Warner
 Automatic  Majestic  Troy
 Brunswick  Midwest  Tiffany Tone
 Crosley  Packard Bell  United American Bosch
Delco  Peter Pan  Westinghouse
 Edison Bell  Patterson  World Airline
 Emerson  Philco  Walter's
 Fair Banks  Pilot  Wilcox-gay
 Farnsworth  R,C,A, Victor  Weston
 Fread  Shelley  Zenith

注:この表は興味深い。かなりマイナーなものまで主にアメリカ製のブランドがずらりと並んでいる。広島逓信局管内だけでもこれだけ多彩な外国製ラジオが使われていたということである。この中でWestonは測定器のメーカと思われるが、短波が受信可能なヘテロダイン周波数計でも摘発したのだろうか。また、"Standard Broadcast"というのはもちろんブランドではなく、中波の意味だが、市販品のダイヤルによく記載されている。手作りの短波ラジオを摘発したものだろう。

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文書からの考察

短波受信機の取締については、従来、アマチュア無線家などの取り締まられた側の証言は多いが、取締の手順や方法については明らかではなかったが、今回この文書から明らかになった、取り締まりの詳細は以下のとおりである。

捜査の主体

逓信局が主導し、実際の捜査は警察官と憲兵が逓信局員とともに実施している。憲兵は軍に対するスパイ活動を取り締まったため一般人にも恐れられたが、基本的には軍隊の警察部門であり、容疑者が軍人や軍関係者であった場合に主に担当したと考えられる。ただし、外事や特別高等警察など、スパイや思想取締を担当した部署の名前はない。実際に探査にかかわったかどうかは不明である。

容疑者は

外国人および外国(満州や台湾も含まれると思われる)からの帰国者やその縁者、船員、外国人など、海外からラジオを持ち帰られる者、官庁やメーカ、上級学校など、ラジオの技術を持ち、自作や改造ができる者、富豪など、高価な舶来品のラジオを購入できる者など、幅広い関係者を容疑者としてリストアップしている。

押収と封印

ラジオを没収されたという証言があるが、この文書の中には「没収」という言葉はない。探査の結果全波受信機が発見され、不法施設とされた場合、ラジオは押収され、悪質な場合は告発された。犯罪性がある場合は当然証拠品として押収されるので返却されることはなかっただろう。全波受信機を持っていても、悪意なく中波ラジオとして使用している場合、中波専用に改装されているかどうか不明の場合は、確認が取れるまでの間使用できないように封印が行われ、改装して中波ラジオとして届け出て使うことが勧められた。また、免許を受けたアマチュア無線局の設備も押収はされず、封印が実施された(6)。

封印の方法

封印の方法は、整流管とその他1本の真空管を抜いて、ソケットに封印紙を貼って挿せないようにし、裏蓋のあるセットの場合、外した真空管と電源コードを蓋の中に入れてキャビネットと裏蓋の間に封印紙を貼るというものである。中波の受信も可能なラジオについては、封印は改装するまで使用させないための措置であった。アマチュア無線の設備のように短波専用の設備については戦後まで封印は解除されなかった。

当館に封印の痕跡が残っているラジオがある。

 
1940年のRCA Q-33全波受信機のシャーシを封印した痕跡。このセットは裏蓋がないためシャーシを封印している。

このRCAの全波受信機は後述する中波への改装は行われていない。本機は、「ラヂオの日本」誌1943年1月号に、電気通信協会の委嘱により技研の技師による解説記事が掲載されている。本機がこの雑誌に掲載されたサンプルそのものである可能性が高い。中波への改装は行わず、サンプルとして封印したまま保管していたのだろう。
中波受信機への改装

使用禁止の全波受信機も、中波専用に改装して届け出れば使用することができた。所有者に悪意がなく、中波受信機として使っているような場合は中波専用に改装して正しく届け出るように指示された。改装の具体的な方法は、短波用コイルとバンドスイッチを取り除くことで中波専用とするものであった。この作業をラジオ商が実施した場合、実施したラジオにはラジオ商が発行する「改装証明書」を本体に貼付した。自身で改造するなどして逓信局に直接届け出た時は「改装済検査票」が交付されて、これを本体に貼付した。いずれの方法によっても逓信局への届け出は必要で、届け出ると「改装受信機名簿」に登録された。

「正しい」改装方法はコイルとバンドスイッチを取り除いて二度と元へ戻せなくする方法であったが、この作業は実際にはラジオ商が行った。当時の事情についての証言(9)によれば、リード線を切るだけということもあったという。改装する業者によってはリード線を切断せず、はんだ付けを外して線に小さなタグをつけて元に戻せるようにすることもあったという。戦前から日本にあったと思われるアメリカ製オールウェーブ受信機の短波部分がきれいに残っているものがあるが、秘匿されたというより、このような「良心的な」改装が行われて、戦後、元に戻された可能性が高い。

当館に満州から持ち帰られたと思われる、長波付きの満州電々標準B12号受信機があるが、バンドスイッチと長波用のコイルが失われている。証明書や検査票はないが、この文書に示す通りの「正しい」改装が行われたものと思われる。中国語の長波放送が聞こえなくなるだけなので持ち主にも不満はなかっただろう。

戦後まで日本で使われた形跡のある満州電々標準B12号受信機
右端の中波‐長波切替のスイッチがコイルごと失われている。

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短波受信禁止の周知

要領書5(イ)(ロ)にあるように、探査後に、広く短波の受信が厳禁されていることを周知するため、マスコミや回覧板を通じた広報活動が行われた。隣組を通じた回覧板による告知は全国で実施された。次に紹介するのは1943(昭和18)年に中村という村で作成、配布された回覧板である(写真2)。全国に中村という地名は多いが、この文書と同時に発見された書類の記述から、 岐阜県可児郡にあった中村(現岐阜県可児郡御嵩町(みたけちょう)中)と思われる。

(写真2) 回覧板 中第56号 昭和18(1943)年3月19日 (個人蔵)
B5版の粗末な紙にガリ版で刷られている。ラジオ聴取を促すチラシとともに回覧された。このままでは読みにくいのでカタカナ、をひらがなに、旧字を常用漢字に直して下記に転載する。
部落会長 隣保班長 殿   中 村長

中第56号 昭和18年3月19日

 ラジオ受信機についての御注意

ラジオ受信機について左記(注:写真の通り原文は縦書き)の通り其筋から注意がありましたから御部内関係者へ御周知方御依頼申上候
    
    記

一、我国ではラジオ受信機の国内放送をきく「中波受信機」より外の者(原文ママ)(主として外国製の者)は使用を禁止されて居ります

二、もし禁止されて居りそうな受信機を持って居る人は使用して居らん者でも早速郵便局へ届けて置かぬと厳罰に処せられます
このように、小さな山村にまで短波受信機所持の禁止を徹底させようとしたことがわかる。文書の日付がちょうど短波受信機の取締が実施された時期と符合する。自主的な届け出を促すための文書であった可能性が高い。また、郵便局が届け出先となっている点が興味深い。逓信省が管轄していたことと、地方には電話局などの出先がなかったことからだろう。郵便局員が要領書にある「ラジオ検査員」を兼ねていたと思われる。
同様の文書で作成された自治体が明確なものが最近発見された。茨城県新治郡藤沢村(現土浦市)が作成したものである。

(写真3) 〔供覧〕 ラヂオ受信機ニ就テノ御注意! 藤沢村役場 1943(昭和18)年4月8日 (個人蔵)
こちらもガリ版刷りB5版である。このままでは読みにくいのでカタカナ、をひらがなに、旧字を常用漢字に直して下記に転載する。
昭和18年4月8日 藤沢村役場

〔供覧〕ラヂオ受信機に就ての御注意!

一、我が国ではラヂオ受信機は国内放送を聞く中波受信機の外は使用禁止されて居ります。
  中波受信機とは、周波数(ラヂオのダイヤルの目盛り)を見れば?にも解ります。
  550キロサイクルより1500キロサイクル迄のものを言います。
二、御宅の受信機は外国放送の聞える短波受信機又は全波受信機では有りませんか。
三、若しこんな受信機を御持ちの方はたとえ使用になって居なくとも至急最寄の郵便局か逓信局に御届け下さい。
四、届出を怠り??発見されましたら厳罰に処せられますから御注意ください。
発見された文書2点とも1943(昭和18)年春の、逓信省が取り締まりを発表した後の日付となっている。取り締まりを受けて作成した文書と思われる。
このような広く国民一般に対する周知活動の他に、要領書6にあるように、許可された短波受信施設を持ち、技術を持つものが多くいる官庁や学校などでも職員や学生に対する周知活動が行われた。一例として、国際放送を実施し、技術研究所を擁していた日本放送協会でも1943(昭和18)年4月に「短波、全波受信機の取締に関する件」と題して、部下に対して厳重に注意するよう管理者向けの通牒が出されている(7)。この内容はどちらかというと協会内の施設の管理ではなく、職員が私的に短波受信を試みることを厳禁とする内容である。この時期も短波受信機の取締の時期と一致する。

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参考文献

(1)電波監理委員会編 『日本無線史』 第4巻 p540 (電波監理委員会 1951年)
(2)「短波受信機の無届聴取厳罰」 『読売新聞』 1942.9.10朝刊3面 (読売新聞社 1942年)
(3)「短波の取締強化 受信機所有者へ注意」 『東京朝日新聞』 昭和18年3月5日 朝刊3面 (朝日新聞社 1943年)
(4)「届出よ短波受信機」 『読売新聞』 1943.3.5 朝刊3面 (読売新聞社 1943年)
(5)「短波受信機の取締強化」 『放送研究 昭和18年4月号』 (日本放送協会 1943年)
(6)岡本次雄 『アマチュアのラジオ技術史』 (誠文堂新光社 1963年)
(7)「通牒 秘人第359号」 『日本放送協会報 第471号』 昭和18年4月9日 (日本放送協会 1943年)
(8)「無線通信75年のあゆみ」 『電波時報』 1970年6月号 (郵政省電波監理局 1970年)
(9)井口昌三 「戦時中の短波受信機取り締まり事情」 『AWC会報 1993年 No.12』 (アンティック・ワイヤレス・クラブ 1993年)

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